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“Do Your Best and It Must Be First Class”~最善を尽くし一流たるべし~

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ポール・ラッシュ博士は、28歳で来日してから、82歳で亡くなるまで、生涯をかけて日本の社会事業に身を捧げました。”Do Your Best and It Must Be First Class”は、博士が無償の奉仕で社会事業に取り組んだ際の心構えであり、また日本の若者に残した教えの言葉として有名です。
もともとこの言葉は、博士が戦前、東京築地・聖路加国際病院建設のために全米で募金活動に従事していたときに、同病院院長のルドルフ・B・トイスラー博士から伝授されました。「ラッシュ君、もし君が主イエスの名において事業に取り組むのであれば、君は最善を尽くさなければならない。しかも、それは人々が目標とし、まねができるよう、本物の、一流の仕事でなければならない。」

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この言葉は「人が一生において取り組むべき事業は、金や栄誉のためだけではさもしいものになってしまう。正義のために、そして他の人々の向上のためになるよう、最善をつくしなさい」という意味で、トイスラー博士は若きポールへの励ましとして授けられました。以来、博士は、この言葉を胸に刻み、最善を尽くして日本の高冷地開拓に取り組み、人々に希望を与え、日米の友好に尽くしたのです。そして、晩年には次代を担う若者へのメッセージとして伝えました。
博士は、昭和21年には全国中等学校野球大会(現在の甲子園選抜高校野球大会)を阪急西宮球場で復活させたとき、出場チームに「オメデトウ、ドウユアベスト」のメッセージとともに平和の象徴として白球をプレゼントしたエピソードがあります。