ポール・ラッシュ記念センター

館内ツアー

ポール・ラッシュ記念センターを歩いてみましょう
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 インターネットで体験する「ポール・ラッシュ記念センター」のヴァーチャル・ツアーです。丸数字の順路で、各コーナーを見学してみましょう。
 記念センターは、新館と旧ポール・ラッシュ邸の2つの施設で構成されています。新館ではラッシュ博士が取り組んだ日本復興のさまざまな記録や、日本アメリカンフットボールの殿堂があります。旧邸では、博士の生前の質素な生活ぶりが、そのまま再現されています。  
 
   
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エントランスホール
Entrance Hall
展示室
Exhibition Room
日本アメリカンフットボールの殿堂
The Japan American Football Hall of Fame
ビデオコーナー
Video Corner
ショップコーナー
Gift Shop
居間
Living Room
博士の食堂
Dining Room
執務室
Study
寝室
Bed Roo


エントランスホール

Entrance Hall

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  玄関から続くエントランスホール。受け付けや休憩コーナーがあります。

 


展 示 室

Exhibition Room

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展示室の入り口で微笑むポール・ラッシュの肖像
 
 
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ポール・ラッシュが日本の若者に残したメッセージ。
DO YOUR BEST, AND IT MUST BE FIRST CLASS.
「最善をつくし一流たるべし」
このメッセージには、博士の万感の思いが込められている。恩師であるトイスラー聖路加国際病院長から受け継いだメッセージでもある。「君達がもし、キリストの名のもとに何かしようと思ったら、一流のものを築きなさい。それは、われわれが民衆にかかわるための聖伝です。二流のものは、いけません。一流の仕事でなければ、人々がモデルとして、模倣し、受け入れることが出来ないからです」。
 
 
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ポール・ラッシュが愛用した祈祷書とメガネ
 
 
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「保瑠羅朱」(ポール・ラッシュ)と刻まれた愛用の印鑑
 

 
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米国で生涯かけて続けた募金キャンペーンでのお決まりの旅行グッズ。帽子、コート、スーツ、トランク、ステッキ
 

 
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昭和20年代に北海道新冠に建設され、その後の牧畜業の発展の基盤となったニープ(新冠教育実験計画)で使用されたタイプライター
 

 
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終戦直後、清里の貧しい開拓農民の心の拠り所となった清里聖アンデレ教会で使われていたオルガン
 

 
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展示室では、ポール・ラッシュの活動テーマごとに、年代を追って紹介している
 

 

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山梨県清里で公開されました「日本アメリカンフットボールの殿堂」は、日本に競技を紹介したポール・ラッシュ博士を中心とした日本のアメリカンフットボール創世期の出来事に始まり、フットボールの発達史、現在の興隆ぶり等が写真や資料で紹介されております。
 このほか競技の解説や用具、記念トロフィーなども展示され、広く一般に公開されております。
 日本協会は、財団法人キープ協会に施設の運営管理を委託し、列島のほぼ中心に位置する父ポール・ラッシュのゆかりの地・清里に殿堂がオープンするに至りました。少しでも多くの人が、アメリカンフットボールというスポーツを知り、また親しんでいただければ、幸いです。

 

 <日本アメリカンフットボール協会>


   殿堂入り顕彰者のプレート掲示

 日本アメリカンフットボール協会では、2004年1月のライスボウルにおいて日本アメリカンフットボールの発展に貢献された8名の方々を殿堂顕彰とさせていただきました。このたび、その顕彰プレートが完成し、日本アメリカンフットボールの殿堂に永久掲示といたしました。また、プレート披露式典を以下のように開催致しました。

主催:日本アメリカンフットボール協会
協賛:山梨県アメリカンフットボール協会、(財)キープ協会
日時:平成16年7月3日(土)16:00~
場所:山梨県・清里 日本アメリカンフットボールの殿堂
 

 

  


ビデオコーナー

Video Corner

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ビデオコーナーでは、NHKが制作したラッシュ博士の生涯を描いたビデオなどを視聴することができます。

 


ショップコーナー

Gift Shop
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  ショップでは、ポール・ラッシュの理想と実践、キープの理念を学ぶための研究資料や母国ケンタッキーの工芸品などを買い求めることができる。

 


居 間

Living Room
 

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この居間で日米の関係者がポール・ラッシュを囲み、日本の将来の希望について語り合った。その顔ぶれは、日本の皇族や政府高官から一般庶民まで、実に幅広い分野の人々が、この居間に集った。
 
 
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居間から一歩でれば、そこにはパーティ用のガーデンが広がっている。
 

 

博士の食堂

Dining Room
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ラッシュ博士のプライベートな食堂。来客がないときは、一人でつつましい食事をとるのが通例だった。

 

 


執 務 室

Study

 

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ポール・ラッシュが生前執務していたままに保存されている机。ここでポールは、日本の将来、そして人類の平和について思いをめぐらし、次々に事業計画を練り上げていった。
 
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この1台のタイプライターが何十億円もの米国市民の資金援助を叩き出した。ポール・ラッシュは日夜を分かたず、このタイプで日米両国の支援者に手紙を打つのが日課だった。ポール・ラッシュの署名により、生涯かけて支援者に送った郵便物の総数は100万通を下らない。
 
 
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執務室の壁を埋め尽くした蔵書。ポールにとって、読書は暇つぶしではなかった。キープの事業を一過性に終わらせないための歴史感覚を養い、事業のアイデアをもたらす重要な源泉だった。

 

 


寝  室

Bed Room
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ラッシュ博士の寝室。彼は日本、そして日本人のために、就寝して疲れをいやす以外のすべての時間を捧げた。 社会事業に専念するために、結婚して家庭を持つこともなかった。