日本アメリカンフットボールの殿堂

沿革

1993年
 日本アメリカンフットボール協会が創立60周年記念事業として殿堂建設の検討に入る。

1993年7月
 キープ協会がポール・ラッシュ記念館の建設検討委員会を設置。

1993年10月
 日本アメリカンフットボールの父を記念するラッシュボウル前夜祭(山梨県清里・清泉寮)において、フットボールの殿堂に関する競技団体代表者会議を開催(清里サミット)。ポール・ラッシュ記念館と日本アメリカンフットボールの殿堂の合同建設を検討。(日本協会、日本社会人協会、日本学生協会、関東学生連盟、山梨県協会)

1994年11月
 日本フットボールの殿堂に関する代表者会議(東京サミット)を東京都港区・新高輪プリンスホテルで開催。キープ協会とフットボール関係団体は、①山梨県清里にポール・ラッシュ記念センターと日本アメリカンフットボールの殿堂を一緒に建設する②日本アメリカンフットボール協会ならびに全国の各所属団体は協力して殿堂建設の費用を募金し、キープ協会に寄託することに合意した。
 ○参加組織
キープ協会(小林理事長他)日本協会(笹田専務理事他)日本社会人協会(金沢理事長)日本学生協会(鈴木理事長)関東学生連盟(水田理事長)日本審判協会(薮内部長)山梨県協会(小宮山会長他)

1995年3月
 日本アメリカンフットボールの父ポール・ラッシュ博士の来日70周年を記念し「ポール・ラッシュを偲ぶ会」を東京八重洲富士屋ホテルで開催。貴賓として皇室より三笠宮殿下ご夫妻が臨席。ポール・ラッシュ記念センターと一緒に日本アメリカンフットボールの殿堂を建設する計画をマスコミ発表した。主催はキープ協会、日本アメリカンフットボール協会、日米協会などラッシュ博士ゆかりの諸団体。

1995年3月
 日本協会は山梨県清里のキープ協会清泉寮で理事会を開催し、清里に日本のアメリカンフットボールの歴史資料を集めた殿堂建設の全体計画を正式に決定。これに伴い四月から資料収集と建設資金の募金を開始。

1996年3月
 山梨県清里にポール・ラッシュ記念センター・日本アメリカンフットボールの殿堂が完成。キープ協会、日本協会が主催した落成式典には皇室より高円宮殿下、米国大使館ウェイン・グリフィス総領事らが臨席され、祝辞を述べられた。殿堂には、競技に関する歴史資料のほか、殿堂建設資金に献金協力された全国の競技関係の方々のご芳名を刻んだプレートが掲示された。

1996年5月
 日本協会は、日本アメリカンフットボールの殿堂で全国のスポーツ報道関係者によるプレスカンファレンスを開催。最初の殿堂入り顕彰者として、日本に競技を紹介し、協会を創立したポール・ラッシュ博士を披露。また、殿堂の運営をキープ協会に委託することなどを発表した。

1999年6-7月
 第1回ワールド・カップがイタリア・パレルモで開催。日本代表がメキシコ代表を6-0で破り優勝。獲得したワールドカップを殿堂で展示公開。

2003年7月
 第2回ワールドカップがドイツ・フランクフルトで開催。日本代表がメキシコ代表を34-14で破り大会を連覇。獲得したワールドカップを殿堂で展示公開。

2004年1月
 日本アメリカンフットボール70周年を記念し、殿堂入り顕彰者8名を第57回ライスボウルにおいて披露し、7月に顕彰プレート披露式典を殿堂にて開催。

2009年6月
 日本アメリカンフットボールの殿堂付帯競技施設として、「ポール・ラッシュ記念フィールド」が殿堂隣接地にオープン。関東学生連盟が「ポール・ラッシュ・メモリアルゲーム2009」を開催し、立教大ラッシャーズと桜美林大スリーネイルズクラウンズが対戦。 
 関東学生連盟が殿堂にて理事会を開催。ポール・ラッシュ博士の墓参を行う(清里聖アンデレ教会納骨堂)。

2010年1月
 第63回ライスボウルにおいて、殿堂入り顕彰者5名を披露し、顕彰プレートを殿堂に掲示。